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2011/11/08

【167】「自主的」避難者への賠償を求めて―避難の権利集会in東京

「自主的」避難者の賠償、渡利等の避難勧奨地域指定について-白熱した議論

 11月5日(土)午後、東京都内の文京区民センターにて、「避難の権利集会 in 東京」が「福島老朽原発を考える会(フクロウの会)」「国際環境NGO FoE Japan」「プルトニウムなんていらないよ!東京」の3団体の共催で開かれました。会場には200名余りが参加し「自主的」避難者への賠償、選択的避難地域の設定をどのように進めてゆくか白熱した討論が行われました。

集会の様子を2回連載で報告します。

 

2011_1105hinan_kenri0030

 

 集会は、まず司会のフクロウの会事務局青木さんからの集会趣旨の説明から始まりました。1つは、これまで福島で3回、郡山、小田原と開催してきた集会を都内でも開催し、「避難の権利」がどういうものなのかを参加者皆さんで共有化し運動に役立てていくこと、そして2つ目は、深刻な汚染が最近ますます明らかになってきているが、除染ばかりが叫ばれ、子どもや妊婦を避難させない、人口流出させない言い訳に使われている現状に対して、その象徴である福島市渡利地区の状況をみんなで共有し、避難問題・除染問題について考えていくことであるとの説明がありました。


 さらに、本題に入る前に、経産省前で座り込みを続けているグループを代表して、北海道から参加している女性から連帯の挨拶がありました。原発いらない福島の女たちの座り込みに続いて、全国の女たちが経産省前で今日まで座り込みを続けてきた、野田首相のベトナムへの輸出の動き、玄海原発の突然の再稼動など原発推進勢力の押し戻しに対して、ここに集まった力で、さらに300名を超した座り込みの力で跳ね返していこう、福島の子どもたちの避難に取り組んでいこう、という内容でした。

 

1.「避難の権利について」の報告と討論

 「避難の権利確立に向けて、自主的避難に賠償を、選択的避難区域の設定を」という内容でFoE Japanの満田さんが報告をしました。その概略は以下の通りです。

 

・ 現在設定されている計画的避難区域、特定避難勧奨地点は、年間20ミリ・シーベルトを基準に設定されており、とくに特定避難勧奨地点はスポット的、断片的、世帯毎で、コミュニティの分断が起こっている。しかも、20ミリ・シーベルトが賠償の境目になっている。しかし、この20ミリの基準はこれまでの日本の放射線防護基準からみても、チェルノブイリにおける避難の基準からしてあまりにも高すぎる。さらに土壌汚染においても、チェルノブイリの避難の権利ゾーンに比べて、現在の避難区域の設定は狭すぎる。

 

・ 避難の権利は憲法の生存権に保障されているもので、人は誰でも放射線に脅かされることなく、安全に生活する権利がある。いまこの権利を声高に上げていく必要がある。この避難の権利は、①リスクを知る権利、②正当な賠償を受ける権利、③行政支援を受ける権利で構成されると考えるが、その背景にはいま福島が置かれている現実があると指摘した上で、自主避難の切迫した実情について、アンケート結果の切実な内容の紹介がされました。

 

・ そして、「避難の権利」確立に向けて、7月14日に既に避難した人、避難を考えている人の声を政府に提出した行動、10月20日の文科省前要請行動と原子力損害賠償審査会での関係者からの意見聴取。原賠審会長の「自主避難は、賠償しなければならない対象である。残っている人たちへの賠償も検討しながら解決をはかっていきたい」との前向き発言を得るところまでの前進してきた経緯が紹介されました。

 

 最後に、自主避難者を社会的に孤立させないこと、みんな被害者なのであって、あくまで東電と国に責任を押し付けていくことを強調して満田さんの報告は終わりました。

 

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                   報告者の満田さん(右端)と自主避難のお話をした2人

 

2.「自主的」避難者から切実な訴え

  つぎに自主避難者2人から切実な訴えの言葉がありました。

 

【福島市から新潟→東京→神奈川へ避難した杉本さん】

 3月14日未明に米沢市にまず避難して様子を見たが、政府の対応に不信感が募り、「自分の身は自分で守るしかない」と新潟を経て東京の避難所に何とか辿り着いた杉本さんは、「自分は幸い東京都の避難所に受け入れてもらって幸せだったが、ある程度自己資金がないと、このような制度も利用できない、結局は金で命のリスクが線引きされてしまう」と話し、自主避難者に賠償を!避難の権利の実現を!と訴えました。

 

【家族で静岡へ避難した長谷川さん】

  また、家族3人で静岡へ自主避難したお父さんの話は痛切なものでした。6月に産婦人科で結合性双生児の疑いありと診断され。それを努めて平静に受け止め、喜んで産む決意をしたご夫妻が、下がらない放射線レベルの脅威の中で8月にやまれず避難するまでの決意と行動は、会場の参加者に衝撃を与えました。

  ※その後、避難先の静岡での診断で「結合性」の疑いはなくなったとのことです。

 

 そして「未来を担う子どもたちの健康を後回しにする地域・国家に100年先の未来が訪れないことは疑う余地もありません」と力強い言葉で終わりました。

 

 

3. 「避難の権利」について会場からの発言

 

 討論では、会場から2人の発言がありました。1人は飯館村から避難してきた人で、飯館村ではいま除染の話ばかりになっているがどう考えるかという質問と、避難への賠償として100万円ぐらいでとても足りず、それがだめなら仮設住宅に入れと言われたが、その仮設住宅というのは福島市にあるのだと話し、避難指定地域の賠償の内容も問題にしていって欲しいという発言でした。

 

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                       熱心な質疑と討論が行われた

 

 

 報告者の満田さんからは、除染が過大評価され、除染をすればすべて解決するかのような宣伝されていることを批判し、避難をおろそかにしてはならないと訴えました。また、司会の青木さんからは、自主避難への賠償を勝ち取ることに精一杯の状況で賠償の内容までまだ十分踏み込めていないので、いろいろ意見交換する中で対処していきたいとの表明がありました。

 

 もう1人の発言者は、南相馬などでは4つぐらいに区分されていて、補償の差ができていて分断が起こっていると聞いているとしてその実情について質問がありました。満田さんからは、分断の一例として、特定避難勧奨地点の指定そのものが不透明で、3軒のうち真ん中だけが指定されていなかったり、南相馬市では子どもと妊婦の基準があるのに福島市ではそれが一切ないという現実の紹介がなされました。そして、大切なことは絶対に泣き寝入りしないこと、勝ち取るべきものは勝ち取るという姿勢が必要だと訴えました。

 

[次回へ続く]

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福島原発震災」カテゴリの記事

コメント

 
 本記事とは、話題が別になりますが、数日前まで、左側(サイドバーと言うのでしたか?)にあったはずのカレンダーの復活を希望します。
 新着記事があった場合に、直ぐに分かりやすいので。
 

 
 二十数時間前に、左側(サイドバーと言うのでしたか?)へのカレンダーの再設置の私の要望をお聞き入れ下さり、どうもありがとうございます。
 これからも、宜しくお願い致します。
 

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