【232】A・ヴェリキン氏来日講演「チェルノブイリ法への道のり」まとめ(暫定版)
2012年5月23日
国際環境NGO FoE Japan
福島老朽原発を考える会
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アレクサンドル・ヴェリキン氏来日講演~権利を勝ち取った苦難の歴史
「チェルノブイリ法」への道のり
~年1ミリシーベルト以上を「避難の権利ゾーン」に~
まとめ(暫定版)
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2012年5月16日~22日、ロシアのチェルノブイリ法制定の立役者となったアレクサンドル・ヴェリキンさんがFoE Japan、福島老朽原発を考える会、福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN)の招聘により来日しました。
滞在期間中、FoE Japanでの会合、議員会館内での集会、SAFLANの弁護士たちとの会合、福島での講演会、アースデイ福島での対話、東京・綾瀬での講演会など精力的に日程をこなされました。
集会・講演会で、一部、みなさまのご質問にこたえきれなかった部分を、なるべく補足した形での講演要旨を作成しました。まだ不十分な点もありますが、暫定版としてご報告させていただきます。
アレクサンドル・ヴェリキンさんについて
1953年レニングラード生まれのヴェリキンさん。レニングラード工業大学卒業後、1986年チェルノブイリ原発事故処理のため召集され、作業に従事しました。
その間、なんども高線量領域での作業を行い、被ばくしました。1987年2月、救急車で運ばれました。胃潰瘍という診断でした。放射線被ばくとの関係を審査する委員会で、「放射線被ばくとの関連はないが、事故処理によるストレス」と認定されたそうです。
1990年ソ連邦チェルノブイリ同盟大会へ代表団員として参加し、その後、同盟の幹部として、「チェルノブイリ 法」の制定に貢献しました。作業労働者、原発事故の被害者の権利を擁護するために活動に従事しています。
1.チェルノブイリ法制定に至る経緯
1986年に発生したチェルノブイリ原発事故は、たいへんな被害と汚染をもたらしました。事故の収束のため、65万人もの軍人や専門家が作業に当たりました。これらの原発事故収束に当たった人々は「リクビダートル」と呼ばれました。
しかし、命をかけて収束作業を行ったにもかかわらず、リクビダートルたちの健康被害に対して国の補償が行われませんでした。89年にはリクビダートルたちの同盟が各地に形成されました。そして、多くの避難者や住民もリクビダートルたちの運動に合流していきました。リクビダートルや市民たちのグループは、代表を議会に送り、また議員にも働きかけました。90年には法制化に向けた運動となり、91年の法律制定にこぎ着けました。
ただ、最初は、理念や方向性を記した法律だったようです。92年には、細部も書き込まれた、現在の法律の土台となる法律が完成しました。
2.「安全な環境に生活する権利」~「年1ミリシーベルト」基準が勝ち取られるまで
チェルノブイリ法は、事故による被害への社会的補償を定めた画期的な法律でした。
事故や放射能汚染による現在の生活や健康への被害のみならず、将来へのリスクに関しても、国の責任として補償していくという理念です。
これをもとに、住民が「1ミリシーベルト」以上の追加的被ばくをうける地域が「避難の権利ゾーン(=避難権付居住地域)」として規定されることになりました。
この基準を設定するに際して、ロシアの憲法24条の「安全な環境に生活する権利」の侵害に当たるとして、議論と運動が行われました。
この過程で、国の諮問委員会において、「生涯(70年)350ミリシーベルトまで安全」とする学者もおり、年5ミリシーベルトが基準とされそうになったことがありました。これに住民が怒り、つめよる場面もあったそうです。
ヴェリキンさんたちは「土壌汚染」ではなく「実際の被ばく線量」を、「生涯(70年)350ミリシーベルト」(年5ミリシーベルト)ではなく国際的に用いられている基準である「年1mSv」を求め、「法律として勝ち取りました。これをもとに、「避難の権利ゾーン」が設定されたのです。
3.チェルノブイリ法の内容
チェルノブイリ法では、土壌汚染のレベル及び住民が受ける平均被ばく量に応じて、下記のように区分けされています。
(1)疎外ゾーン:チェルノブイリ事故直後、住民の避難が実施された。
(2)退去対象地域(=避難の義務ゾーン):
住民の平均の追加的被ばく量が年間5ミリシーベルト以上(土壌汚染基準もあり)。住民の義務的な移住が行われる。
(3)移住権付居住地域(=避難の権利ゾーン)
セシウム137による土壌汚染濃度が5~15Ci/km2、平均の追加被ばく量が年間1ミリシーベルト以上の地域。当該地域に住み、他の地域への移住を決めた住民は、被害補償と社会的支援を受ける権利を有する。
(4)特恵的社会経済ステータス付居住地域
セシウム137による土壌汚染濃度が、1~5 Ci/km2の地域で、住民の追加被ばく量が年間1ミリシーベルトを下回る地域。放射線防護や医療などの複合的な政策が実施される。しかし、近い将来、この地域は解除される見込みである。
これらの区域の中で、特に「避難の権利ゾーン」に関して、見てみましょう。
この区域に居住する住民には、居住期間に応じた補償金が支払われます。また、下記を受ける権利を有します。
1)国家の負担による追加医療保証:
毎年の健康診断
病院での順番待ちなしの治療
所定の罹病リストに基づく薬剤の無償供与
2)汚染の程度に従って、住民は清浄な地域でのサナトリウム治療が受けられ、追加の休暇が与えられる。
3)妊婦に対する居住地域外での延長休暇
4)月に合計約100米ドル相当の小額の追加支払い(健康増進用、追加食品用)
5)当該地域居住者の年金は、30%割り増しされる。
6)「きれいな」食品の供給
7)教育機関や職業訓講習への奨学金
この区域に関しては、自らの健康を害する可能性があるものの、補償を得ながら汚染地域で生活する、あるいは、他の地域へ移住することに関して、住民自身が決定することとされています。
避難を選択した場合、国家は、住民が失った財産(家屋、郊外の家屋、ガレージ、生活用建造物)に対し、現物で(同様の家屋あるいは建造物の提供)、あるいは金銭による補償が行われます。
なお、ヴェリキンさんによれば、これらが、金銭ではなく、物やサービスの形で供与されたことが重要であったとのことです。金銭支援では、例えばウォッカ好きの人は、ウォッカの購入に充ててしまうなど、実質的に法律が目指しているような生活や健康の維持とならないため、とのこと。
4.チェルノブイリ法の改悪~補償を受ける権利から「社会支援」へ
その後、チェルノブイリ法は何度か改訂されました。2004年には、プーチン政権のもとの改訂が行われましたが、下記の2点において、改悪となりました。
1)物・サービスの支援から、金銭支援へ
いままで、保養、食べ物、医療、薬など、汚染のないところと同じ生活をするために提供されていた物やサービスが、金銭支援に切り替わりました。このため、住民は以前と同等の保養・食べ物・医療などを受けることができなくなりました。
2)公的補償から、「社会支援」へ
また、考え方そのものも、住民やリクビダートルたちが受ける権利がある公的な補償から、恵まれない社会的弱者に対するのと同様の「社会支援」に変えられてしまいました。これは、行政が施し的に行うようなものであり、当然の権利を保証するものとして、行政が義務的に行うものではありません。
そのような中、ヴェリキンさんたちは以前と同等の権利の回復を求めて、粘り強い運動を続けられています。
(文責:満田夏花/FoE Japan)
以下、懇談会に参加したフクロウの会メンバーからの報告です。
懇親会でも熱い議論は継続されました。継続する運動への思い、人間を守るための運動への情熱、そして特に今回の来日に際して秘めてきた考えにはハッとさせられるものがありました。ヴェリキンさん曰く、チェルノブイリ事故のおりには、諸外国・日本からも多くの援助・支援を受けた。その援助や支援に深く感謝している。今回の来日を機会にロシアにおける経験に基づいて支援を受けた日本の方々へ少しでも貢献できることを願っている。かの事故に遭遇し、その後も困難な運動を乗り越え、また継続しているヴェリキンさんの熱い気持ちに接し、私たちもこれからの運動への決意を新たにしました。
また、ヴェリキンさんは日本の憲法についても熟知されており、日本の憲法25条に照らして「健康に生きる権利」が日本では定められており、事故による放射能被害はこれを犯していること。これは国による補償が「CAN(可能性に応じて行う支援)」ではなく、「MUST(義務的補償)」でなければならないことを示しているという指摘に、皆強く感銘をうけました。こうして、ヴェリキンさんの来日が引き続き成功を収めることを願い、名残惜しいひとときに別れを告げました。
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※アレクサンドル・ヴェリキン氏を迎えた講演会の概要は、下記のとおりです。
【院内集会】5月17日(木)17:00~18:30
会場:衆議院第二議員会館 多目的会議室
【福島講演会】5月18日(金)18:00~20:30
会場:A・O・Z アオウゼ多目的会議室(MAXふくしま4F)
【東京・綾瀬講演会】5月20日(日)14:00~16:30
会場:足立区勤労福祉会館第1ホール(綾瀬駅西口綾瀬プルミエ内)
◆主催:
国際環境NGO FoE Japan(地球の友ジャパン)
福島老朽原発を考える会(フクロウの会)
福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN)
◆協力:
子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク、任意団体peach heart, 福島避難母子の会in関東、エコロジー・アーキスケープ、こどもふくしま緊急支援チーム、国際環境NGOグリーンピース・ジャパン, ハーメルン・プロジェクト、福島の子どもたちとともに・世田谷の会, 福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト、脱原発福島ネットワーク, ハイロアクション福島原発40年実行委員会、子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク, チェルノブイリ子ども基金、子どものための平和と環境アドボカシー (PEACH)
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