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2012/05/21

【231】集会報告:ヴェリキンさんとチェルノブイリ事故被災者たちの運動から学ぶ~アレクサンドル・ヴェリキン氏講演会~

5月20日、ロシアから「チェルノブイリ法」制定の立役者、アレクサンドル・ヴェリキンさんに来日頂き、講演会「『チェルノブイリ法』への道のり・その成果と課題」が開かれました。

 

2012_0520verikin0039_2

 

会場には約100人が集まり、「避難の権利」を求める運動への関心が拡大していることを感じさせました。

 

ヴェリキンさんからは概ね3つの内容に分けてお話がありました。

 

■『チェルノブイリ法』への道のり
 

第一に、「チェルノブイリ法」に至る経緯です。
チェルノブイリ事故後には、事故の収束のため、65万人もの軍人と原子力専門家、そして退役軍人が作業に当たったそうです。これらの人々は「リクヴィダートル」と呼ばれ、ヴェリキンさんもその1人として国家の一大事に率先して危険も顧みずに作業に当たったそうです。
しかし、その後87年以降に発生した健康問題へは国の補償が行われず、89年には作業員(リクヴィダートル)の同盟が旧ソ連国内各地に形成されました。そして、避難への補償のみで、その後の健康問題への補償は一切行われていなかった多くの避難者もリクヴィダートルの運動に合流したようです。
そのような運動が合流して90年には法制化に向けた運動と成り、91年の法律制定にこぎ着けました。

 

■「避難の権利ゾーン」
運動はこの法律制定で終わったわけではありませんでした。
91年の法律は事故への社会的補償を定めた画期的な法律でしたが、その範囲や内容については一切明記されていない、包括的な基本法でした。この基本法を基に運動は継続され、92年には具体的な規定を盛り込んだ新たな法律が制定され、ここで、「1ミリシーベルト」以上の追加的被ばくを強いられる地域が「避難の権利ゾーン」として規定されることになりました。
この基準を設定するに際して、ロシアの憲法24条の「安全な環境に生活する権利」の侵害に当たるとして、議論と運動が行われました。ヴェリキンさんたちは「生涯(70年)350mSv」(年間5mSVに相当)ではなく国際的に用いられている基準である「年間1mSv」を求め、法律として勝ち取ってきました。

 

■その後の運動
しかしながら、このようにして国によって行われてきた補償は、2004年のプーチン政権の改悪によって様変わりし、①公的補償から社会支援に変更され、また②現物補償の原則から金銭的「支援」へ変更されてしまったとのことです。
これは、国家による社会的義務として行われる「公的補償」から、可能性に応じて非義務的に行う「社会支援」に変更されたことを意味するとのことです。その結果、金銭的補償へ変更された「支援」は大きく減額され、医療・保養にはまったく行き届かない状態になってしまったとのことです。
そのような中、ヴェリキンさん達は「公的補償」の回復を求め、粘り強く運動を継続されているとのことでした。

                         Verikin

                  アレクサンドル・ヴェリキン氏(右側)

 

■冷静でかつ情熱的な語り口
懇親会でも熱い議論は継続されました。継続する運動への思い、人間を守るための運動への情熱、そして特に今回の来日に際して秘めてきた考えにはハッとさせられるものがありました。ヴェリキンさん曰く、チェルノブイリ事故のおりには、諸外国・日本からも多くの援助・支援を受けた。その援助や支援に深く感謝している。今回の来日を機会にロシアにおける経験に基づいて支援を受けた日本の方々へ少しでも貢献できることを願っている。かの事故に遭遇し、その後も困難な運動を乗り越え、また継続しているヴェリキンさんの熱い気持ちに接し、私たちもこれからの運動への決意を新たにしました。

 

また、ヴェリキンさんは日本の憲法についても熟知されており、日本の憲法25条に照らして「健康に生きる権利」が日本では定められており、事故による放射能被害はこれを犯していること。これは国による補償が「CAN(可能性に応じて行う支援)」ではなく、「MUST(義務的補償)」でなければならないことを示しているという指摘に、皆強く感銘をうけました。こうして、ヴェリキンさんの来日が引き続き成功を収めることを願い、名残惜しいひとときに別れを告げました。

 

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