あらためてガラスバッジによる住民の被ばく管理の不当性を訴える-1・28㈱千代田テクノル公開文書への批判-
ガラスバッジを福島県内の各市において住民の被ばく量評価に使うことの問題点について私たちはその不当性を訴えてきた。そのような経過の中で開催された伊達市議会政策討論会(2015年1月15日)で、㈱千代田テクノルが「(福島のように)全方向から放射線が入射する場合、ガラスバッジの測定結果が身体の正面のみからの照射の場合に比べ30~40%低め」に出ると認めたことを私たちのブログで報告した。
http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/2015/01/post-156b.html
またこの件については、『週刊朝日』2月6日号記事でも報じられた。
http://dot.asahi.com/wa/2015012700082.html
この件について1月28日、千代田テクノルのHP上に「個人線量当量と周辺線量当量について」という文書が発表された。
http://www.c-technol.co.jp/archives/1038
この文書について批判する。
あらためて㈱千代田テクノルは30~40%低くでることを認めた
先ずこの文書の最後の部分に注目して欲しい。「測定対象とする場所にγ線が全周囲から入射した場合には「周辺線量当量(注1)」は「個人線量当量(注2)」に比べて30~40%値が高くなります。」
つまり、私たちのブログ報告や『週刊朝日』記事での指摘どおり、千代田テクノルは福島のように全方向から放射線が入射する場合、ガラスバッジの測定結果が身体の正面のみからの照射の場合に比べ30~40%低めに出ることをこの文書でもあらためて認めている。この点を先ずしっかり確認する必要がある。
注1:放射線測定器などが示す空間線量の値のこと。
注2:ガラスバッジなどが示す被ばく線量の値のこと。
これまでの放射線防護の原則とそれに基づく法律の解釈の捻じ曲げ
しかしこの文書はこれまでの放射線防護とその計測についての原則とそれに基づく法律の解釈を捻じ曲げている。以下具体的に説明したい。先ず、千代田テクノルの問題の文書を見てみよう。
http://www.c-technol.co.jp/archives/1038
-以下引用-
個人の被ばく線量は、放射線被ばくによる個人の確率的影響の程度を表す「実効線量」という量で考えることになっています。・・・ 実効線量は実測出来ないため、測定のための「個人線量当量」がICRUによって定義されています。・・・ 個人線量計はこの「個人線量当量」が測定できるように設計され、人体に着用した個人線量計の計測値はγ線がどの方向から入射しても実効線量より低い値を示すことはありません。γ線が全周囲から照射された場合、その値は実効線量とほぼ一致します。 ・・・ つまり、個人線量計の値は個人の被ばくした実効線量により近い値を示していると言えます。 ・・・ 定義上、常に「周辺線量当量」は「個人線量当量」よりも高くなるという関係があり、測定対象とする場所にγ線が全周囲から入射した場合には「周辺線量当量」は「個人線量当量」に比べて30~40%値が高くなります。
-引用ここまで-
つまり千代田テクノルの本文書での主張の中心は「個人線量計の計測値は・・実効線量(注3)よりも低い値を示すことはありません。・・個人線量計は実効線量により近い値を示していると言えます。」ということになるだろう。
注3:実効線量とは個人の臓器毎の被ばく線量を推定しそれに臓器毎に決められた係数をかけ足し合わせたものであり、体格や年齢、性別など個人毎に異なるため実際には個人ごとの実効線量を測定することはできない。1990年ICRP勧告で導入された概念。この概念そのものが大きな問題を含んでいるがそれはここでは問題にしない。
「実効線量により近い」ということは被ばくの過小評価のリスクを高める
これは一見「より近い値を示している」というので良くなったのか?と誤解しやすい文章だが、実はとんでもない。本論の末尾に付けた資料1(実効線量のための測定)を見て欲しい。実効線量より常に大きな値を示す1cm線量当量(注4)(周辺線量当量や個人線量当量もこれにあたる)で測れとしっかり書いてある。実効線量は現実には測れないので、間違っても被ばくを過小評価しないよう、「常に大きな値を示す」測定方法でなければならない。
注4:周辺線量当量や個人線量当量の元になる放射線量の値。物理的に定義される。
千代田テクノルの「γ線が全周囲から照射された場合・・実効線量により近い値を示す」ということは、過小評価しないよう安全側で評価するのではなく、場合によっては過小評価になるリスクが高くなるということになる。住民に対して職業人以上にギリギリの評価で行うというのは許されることだろうか。私たちは許されないことだと考える。
ちなみに先ほどあげた「常に大きな値を示す」「1cm線量当量」で測ることが電離放射線防止規則第八条【資料2】でもしっかり書かれている。おまけに胸に装着する「放射線測定器を用いてこれを測定することが著しく困難な場合には、放射線測定器によって測定した線量当量率を用いて算出し」と書いてある。ガラスバッジを無理に使わなくてもよいのだ。その場合は「放射線測定器によって測定した線量当量率」つまりサーベイメータ―などによる周辺線量当量で測って算出しても良いと書いてある。・・何故、実効線量ギリギリの、しかも子どもではファントム(検証のための人体模型)が標準化されていないので検証もできないガラスバッジを使わなければならないのか。
カラスバッジは正しく使わなければ測定結果の一貫性が損なわれる
もう一つの問題点がある。こちらの方が問題が大きいと感ずる。反論ページでは何も触れられていないが伊達市議会政策討論会で焦点になった問題である。個人線量計(ガラスバッチ)は身体の正面からの放射線を想定しているので周囲から放射線が来る場合は、同じガラスバッジを使っても30~40%程度低く検出されるということだ。これは当日、千代田テクノルの佐藤氏が説明した。高エネルギー研平山論文でも明らかだ。
http://ccdb5fs.kek.jp/tiff/2012/1227/1227044.pdf
ということは身体の正面一方向からの照射の条件が保たれている放射線管理区域の労働者はガラスバッジでの被ばくが例えば1 mSvと表示されるのに対して、同じ量の放射線を身体の全周から浴びる福島等(放射線管理区域とは言え汚染が環境中に拡散したフクイチ構内も同じ)では0.6 mSvと表示されるということだ。しかし測定器の測定結果には一貫性がなければならない。A社の秤とB社の秤で測定結果が違ってはいけないし、同じ秤がある場合には100 g、ある場合には60 gと表示されてはいけない。計量器管理の世界ではこれをトレーサビリティという。ガラスバッジはきちんと管理されている放射線管理区域で使うもので、それを福島のような環境では使ってはいけないということだ。測定器の使い方が間違っているということで、私たちの論点の中心はここにあった。テクノルがこの点について反論HPで何も触れなかったのはこれに対しての反論はないということだろう。
現実には「30-40%低め」では収まらない - 更に過小評価の可能性
更に注意すべきは千代田テクノルが周辺線量当量に比べ30~40%低めに出るとしたのは、水平方向での全方向照射(ROT)を想定しての話である(1月15日のテクノルのプレゼン資料より)。現在の福島の状況は地面や屋根、木立などにより上下方向からの照射も考慮(ISO)しなければならない。これを加味すれば更に低めに出る。また以下に示すように、住民に配布したガラスバッチの実際の運用状況を考え合わせればさらに低めにでることが充分に予想される。実態は「実効線量と同等」では済まされず更に過小評価の可能性が大きい。
ガラスバッジで被ばく量を測定する場合には測定する期間中ずっと正しい位置に装着しなければならない。放射線管理区域に入る労働者の場合はその管理区域に入室する時に身に付け、退室する時に外せば良い。だが住民の場合はどうか。外出時は当然だが、食事をするときも、風呂に入る時も、寝る時も胸または腹部に装着しておかなければならない。実態は鞄に入れっぱなしだったり、小さな子供はひもで肩から斜めにぶら下げたり、ランドセルにぶら下げたり、体育、部活の時は教室に置きっぱなし、休日は家に置きっぱなしが現実だ。
そもそも生活している住民にガラスバッジを使えということに無理がある。こんな実態で先に引用した「実効線量により近い」というのでは大変大きなリスクを住民に負わせていることになる。ガラスバッジを住民の被ばく管理に使うことの無謀さを改めて強調したい。
【資料3】がこれまで述べてきたことを根拠付けている。原子力規制委員会のウエブサイトにある「外部被ばく及び内部被ばくの評価法に係る技術的指針」である。繰り返しになるが電離放射線障害防止規則にしろ、「技術指針」にしろ、これらは放射線管理区域に立ち入る労働者のための法律である。労働対価を得る労働者でさえこのように守られている(これは当然のこと)のに、何故住民が無理して過小評価になるかもしれないガラスバッジを使って評価されなければならないのか。まさか賠償問題等がからむから低めに評価したいという意図ではないと信じたいが・・。
まとめ-放射線防護の原則と法解釈を捻じ曲げてはならない
成人男性であれば胸にとりつけたガラスバッチで線量が管理されるが、それが合理的であるのはガラスバッジの感度が放射線が前方向から一様にやってくる条件を基本にして見積もられているという技術上の事実に加えて、実際の管理された放射線作業現場では放射線がやってくる方向、あるいは汚染の強い場所が作業者にとって自明であり、多くの場合には胸が最も高い線量を浴びる位置に一致する限りにおいてである。線量計で計測するのは1cm線量と呼ばれる実用量であり、防護量として想定されている実効線量に対して常に大きくなることが求められているのであって、それが実現されているか否か、あるいはどの程度大きくなっているのかは、放射線の照射条件と線量計を取り付ける身体上の位置に依存する。関連する法令においても、より多くの放射線にさらされる場所が胸以外の別の場所にあるのであれば、その場所における線量を計測することが求められている。
前方向のみの放射線の場合よりも、横方向で全周囲から一様に照射される場合には胸に取り付けた線量計の計測値が低くなることを千代田テクノルは認めたが、これは問題の一部でしかない。実効線量に近づいたのであれば、それがどの程度近づいたのかを示さなければならないのではないか。そこでは想定され得るあらゆる汚染状況を考慮する必要があり、線量計を所持する個人に放射線作業が本来禁止されている18歳未満どころか、幼児や乳児を含む、小さな子供が含まれていることを考慮に入れた線量評価を行う必要がある。
===== 資料 =====
【資料1】実効線量のための測定 (09-04-03-17)
http://urx2.nu/gNeR
ATOMICA09-04-03-17
<概要>
実効線量を直接測定することは、研究を目的とした場合を除いて、ほとんど不可能である。そこで外部被ばくについては、実効線量の代わりに、同一被ばく条件では実効線量より常に大きな値を示す1cm線量当量が、放射線防護を目的とした測定のために用いられている。また、内部被ばくについては、体内に摂取した放射性同位元素の量を測定し、年摂取限度と比較して実効線量を評価する方法が行われる。
【資料2】電離放射線障害防止規則第八条
http://urx2.nu/gNf6
(線量の測定)
第八条 事業者は、放射線業務従事者、緊急作業に従事する労働者及び管理区域に一時的に立ち入る労働者の管理区域内において受ける外部被ばくによる線量及び内部被ばくによる線量を測定しなければならない。
2 前項の規定による外部被ばくによる線量の測定は、一センチメートル線量当量及び七十マイクロメートル線量当量(中性子線については、一センチメートル線量当量)について行うものとする。ただし、次項の規定により、同項第三号に掲げる部位に放射線測定器を装着させて行う測定は、七十マイクロメートル線量当量について行うものとする。
3 第一項の規定による外部被ばくによる線量の測定は、次の各号に掲げる部位に放射線測定器を装着させて行わなければならない。ただし、放射線測定器を用いてこれを測定することが著しく困難な場合には、放射線測定器によつて測定した線量当量率を用いて算出し、これが著しく困難な場合には、計算によつてその値を求めることができる。
一 男性又は妊娠する可能性がないと診断された女性にあつては胸部、その他の女性にあつては腹部
二 頭・頸部、胸・上腕部及び腹・大腿部のうち、最も多く放射線にさらされるおそれのある部位(これらの部位のうち最も多く放射線にさらされるおそれのある部位が男性又は妊娠する可能性がないと診断された女性にあつては胸部・上腕部、その他の女性にあつては腹・大腿部である場合を除く。)
三 最も多く放射線にさらされるおそれのある部位が頭・頸部、胸・上腕部及び腹・大腿部以外の部位であるときは、当該最も多く放射線にさらされるおそれのある部位(中性子線の場合を除く。)
4 第一項の規定による内部被ばくによる線量の測定は、管理区域のうち放射性物質を吸入摂取し、又は経口摂取するおそれのある場所に立ち入る者について、三月以内(一月間に受ける実効線量が一・七ミリシーベルトを超えるおそれのある女性(妊娠する可能性がないと診断されたものを除く。)及び妊娠中の女性にあつては一月以内)ごとに一回行うものとする。ただし、その者が誤つて放射性物質を吸入摂取し、又は経口摂取したときは、当該吸入摂取又は経口摂取の後速やかに行うものとする。
5 第一項の規定による内部被ばくによる線量の測定に当たつては、厚生労働大臣が定める方法によつてその値を求めるものとする。
6 放射線業務従事者、緊急作業に従事する労働者及び管理区域に一時的に立ち入る労働者は、第三項ただし書の場合を除き、管理区域内において、放射線測定器を装着しなければならない。
【資料3】外部被ばく及び内部被ばくの評価法に係る技術的指針 (原子力規制委員会のサイトより)
http://urx2.nu/gNfd
I. 外部被ばく
1. 外部被ばくに係る諸量について
1.1 ICRP及びICRUの基本的考え方
ICRPは、Pub.60において新たに「実効線量」及び「等価線量」を導入し、線量限度等の放射線防護基準をこれらの量を用いて定めた。これに基づき、外部被ばくに係る諸量について検討したICRPとICRUの合同タスクグループは、その結果をICRP Pub.74及びICRU Report 57(以下、「ICRP Pub.74等」という。)として出版した。ICRP Pub.74等では、線量限度を定める実効線量及び等価線量を「防護量」と呼び、これらの量は直接には測定できないが、照射条件がわかっていれば計算によって求めることができるとしている。また、場所と個人のモニタリングに用いる量として、ICRUが既に導入した「実用量」(注)を引き続き用いることが妥当と結論づけている。
・・・・
(2) 測定に係る量
場所における線量当量(率)の測定に用いる量
放射線業務従事者等の外部被ばく線量の測定に用いる量
現行の法令等では、放射線業務従事者等の線量限度を定める量については実効線量当量及び組織線量当量を用いているが、使用施設等に係る基準及び運搬に係る基準を定める量については、1センチメートル線量当量を用いている。また、測定に係る量については、場所における線量当量(率)の測定(以下、「場所に係る測定」という。)に用いる量と放射線業務従事者等の外部被ばく線量の測定(以下、「個人の外部被ばくに係る測定」という。)に用いる量を区別せず、1センチメートル線量当量、3ミリメートル線量当量、70マイクロメートル線量当量(以下、「1センチメートル線量当量等」という。)を用いている。
・・・・
1.4 実効線量及び等価線量の算定
測定に係る量(実用量)から実効線量及び等価線量を算定するにあたっては、以下のとおりとすることが適当である。
(1) 外部被ばくによる実効線量
個人の外部被ばくに係る測定(算定を含む)により得られた値である1センチメートル線量当量 (原則として個人線量当量Hp(10)、ただし、放射線測定器を用いて測定した場合にあっては周辺線量当量H*(10)) をもって外部被ばくによる実効線量とみなすことが適当である。
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